けんぽの部屋
2018年10月18日
「生活習慣の大切さ~ある医師の半生記から~」 健保 常務理事 篠原正泰  

先日、『戦争とは敵も味方もなく悲惨と愚劣以外の何物でもない』という長い題名の本を読みました。著者は東野(とうの)さんという医師で、戦時中に九州大学であった生体解剖事件の唯一の生き証人でもあります。自費出版ですが評判を呼んで重版しているとのことでした。

「米兵俘虜への生体解剖事件」というと遠藤周作の『海と毒薬』(昭42発表)を思い出される方も多いでしょう。確かに「海と毒薬」はその事件をベースに書かれたようですが、東野医師は、この小説は遠藤氏の「キリスト教の罪と罰」の思想を「九大事件」につなげた虚構だと喝破しています。

もとより小説はフィクションであるわけですが、東野医師は、「戦争では狂気の中で、誰もが倫理感なく行動し、憎悪と理不尽と悔悟の中で苦しむ。宗教的な悩みなどはそこにはなく、当事者としてはそのプロットに入りこめなかった」と言いたかったのでしょう。

事実、東野医師は91歳の今になるまで当の事件のトラウマで精神状態の不安定に悩まされ続けてきたといいます。クスリの副作用にも悩み、酒に溺れ、捨て鉢になった地獄のような半生を正直につづっています。そんな人生の“総括”がこの書籍名に執念深く籠められていると感じました。

この『戦争とは・・』は、東野医師の半生記のような体裁となっていて、健康管理について告白していることも印象的でした。高齢になって、これまで以上に体の不調を訴えるようになり、医師にかかったり、クスリを呑んだりもしてもがき苦しんできたけれど、84歳にして初めて「自分の健康は自分の努力で保つものだ」と分かった。病の諸悪の根源は「生活習慣」だ。ウォーキングを始めて不安定な精神状態がなくなり爽快に過ごせるようになった、モノをよく嚙んで「食事の本当の味がわかる」ようになった。50歳よりも前に健康管理を始めていれば手遅れにならなかったと。

「生活習慣」の大切さを一般論として説くものをよく目にしますが、90歳を超える医師が「生活習慣改善」に取り組み、持病を排除した成功談は寡聞にして初めてで、なるほどと思わせられるところがありました。

怪しげな健康法に手を出したり、美容を謳うものをつい買ったりしがちですが、実は、「誰でもできる当たり前の事をやる。やってみると実は一番効果がある」ことを実証している点で示唆に富むものだと感じた次第です。

<参考>

・『戦争とは敵も味方もなく悲惨と愚劣意外の何物でもない』文芸社刊

東野利夫~「九大生体解剖事件」の証人~ 1300円 書店で販売していますし、図書館にもあります。

・事件の概要は東野医師が別に文藝春秋から上梓した下記に詳述されているようす。(未読)

「汚名『九大生体解剖事件』の真相」(文藝春秋社(昭和53年))