けんぽの部屋
2018年09月03日
「熊野古道60㎞を歩いて」 健保 常務理事 篠原正泰

最近は「世界遺産」ばやりで、旅行会社のパンフでも「世界遺産○ヶ所回れます!」といったツアーがずいぶんと増えました。

その中で見つけたのが「熊野古道」。

少し前に世界遺産の指定を受け(調べたら2004年でした)、地味に脚光を浴びているお遍路の道です。世界遺産の中でも巡礼道はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(こちらはキリスト教ですが)と熊野古道の二つだけという異色の文化遺産でもあります。

「ツアーでなく自分たちの足で歩いてみよう」と思い立って、夏休みに中辺路コース(「なかへじ」と読みます)を歩いてきました。

紀伊田辺駅~熊野本宮まで60kmのコースです。

熊野古道というと鬱蒼とした森の中にたたずむ石畳の道といったイメージでしょうか。

しかし、信仰の道は、そんなに甘くありませんでした!(笑)

石畳の道も一部にありますが、足が痛くなるような舗装道路がえんえんと続いたり(正式ルートです!)、「これでもか」というくらい何度も峠を登り下りする登山道だったり、古道の崩壊で何kmも遠回りを強いられたりといった “行軍” が3日間続きました。

夏休みの南紀の低山は異常に蒸し暑く、道案内をお願いした「語り部」さんの説明も、目の中に入った汗をぬぐううちに何処かに消えてしまう体たらく。途中にコンビニなどはなく、重量級スポーツドリンク3Lを消費するような毎日でした。

そんな巡礼路で元気いっぱいだったのが実はインバウンドの旅行者。相前後しながら歩く人たちを見た限り半分以上が欧米人でした。民宿で一緒になったのも、新婚旅行で来た(!)というアメリカ人夫婦。彼らは日本人と違って身軽で、すべての荷物を次の宿泊地に送ってしまい、小さなバッグパッキングで歩いたり、スタンプを集めながら楽しく歩いているのが印象的でした。(日本人はでっかい荷物を背負っている!)

なぜ新婚旅行でわざわざ熊野古道かという疑問はありましたが・・・・。

ようやくのことで、3日目の夕刻、60kmの道のりが熊野本宮で終わりを告げたとき、自分の足でたどり着いたというよりは、熊野の神さまに引かれて来たという感じがしたのは不思議なことでした。四国の八十八か所札所巡りも実は空海と共にまわっている(『同行二人』)のだと言われますが、それと似た感じだったのかも知れません。

古来、熊野のクマは、「くまどり」とか「くまなく探した」の「隈(くま)」で「奥まったところ」とか「隅っこ」の意といいます。その山深い辺境の地に古代の人々は、畏れを抱いて神様を見出し、それが西方浄土思想とか神仏習合、修行で神通力をつけた山伏たちの修験道などと交じりあいながら、近世の「熊野詣」(くまのもうで)を形作ってきたのだといいます。

「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど、天皇から庶民まで凄まじい数の参拝者が吸い寄せられた時代は昔語りとなりましたが、今、世界中の人を招きいれて国際的な巡礼が展開されているということは、世界遺産効果もさることながら、巡礼には単なるトレッキングとは違う何かがきっとあるのでしょう。

幾重にも重なった山並みの向こうにいる神への「畏敬の念」が、アミューズメント的なスタンプラリーやアスレチック的なトレランなどのものに翻訳されながら、国境を超える広がりを見せて息づいているということなのかも、と思ったところです。

短縮コースもとれますので、涼しくなったら一度行かれたらいかがでしょうか。何かを感じることができるかも知れません?!

(PS)

JFA(日本サッカー協会)のエンブレム、3本足のヤタガラスは、実は熊野の神のお使いとして神社のシンボルマークになっています! 神社のマークは、サッカーボールは持っていませんが・・・・。

【熊野本宮の大斎原(おおゆのはら)。日本一の大鳥居! 】